和歌を読む3――「新古今和歌集」を読む

 前々回は「万葉集」、前回は「古今和歌集」を読んできました。
 古今和歌集は途中で放棄してますが、おいおい仕上げて行くということで、気にせず「新古今和歌集」を読みたいと思います。(私がどういうスタンスで読んでいるのかは文学史を復習したエントリー(→こちら)の冒頭をご覧ください。素人が和歌の勉強もしたことないのに、いきなり読んであれこれ言ってみる、というものです。)

*このエントリーは結局「基本情報」までで終ってしまって、仕上がっていません笑 


■基本情報
 鎌倉時代になり武士が政権を担ったにも関わらず、いやむしろそれゆえに貴族たちによる王朝文化は盛り上がった。『新古今和歌集』はそのような時代に生まれたもので(1205)、単なる懐古ではなく『古今和歌集』の伝統を受け継ぎつつも、「新」しい和歌を目指すという意志がみられる。
 撰者は源通具藤原有家藤原定家藤原家隆、藤原雅経、寂蓮であるが、後鳥羽院自身も配列などに大きく関与している。全20巻約2000首が、『古今和歌集』と同様に、部立てによって系統だって配列され、藤原親経の「真名序」と藤原良経の「仮名序」がおかれている。すべて短歌。
 『新古今和歌集』は繊細・優美な情調を、洗練された言葉と技巧で詠う観念的美的世界を作り上げたと言われている。新古今調とよばれる歌風は、本歌取り、体言止め、初句切れ・三句切れなどの修辞法の多用、絵画的・音楽的・物語的表現を特徴とする。撰者でもある藤原定家とその父俊成によって「幽玄」、「有心」の理念が唱えられ、その叙情性、妖艶性が反映されていると言われる。


■有名な歌人と歌

後鳥羽院

ほのぼのと 春こそ空に 来にけらし 天のかぐ山 霞たなびく

見わたせば 山もとかすむ 水瀬川 ゆふべは秋と なに思ひけむ

見渡すと、

み吉野の 高嶺の桜 散りにけり あらしも白き 春のあけぼの

人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は

西行

心なき 身にもあはれは しられけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ

慈円

▲藤原良経

藤原俊成

又や見ん 交野のみ 野の桜 狩花の雪散る 春のあけぼの

藤原定家

春の夜の 夢の浮橋 とだえして 嶺にわかるる よこ雲の空

見渡せば 花ももみぢも なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ

▲式子内新王

藤原家隆

▲寂蓮

さびしさは その色としも なかりけり まき立つ山の 秋の夕暮れ

藤原俊成女