小林秀雄「信ずることと考えること」 メモ

メモ段階

小林秀雄、昭和49年講演「信ずることと考えること」 


「経験科学」は対象を、人間の豊かで広大な経験を、”勘定できる経験”=「科学的経験」(合理的経験)に絞った。それによって科学は発達していったが、それは人間の経験を狭めることにもなった。「精神」の問題は、脳の問題に置き換えられた(心身並行論)。

 脳髄の運動と意識(精神)の運動が並行しているとするなら、なぜ自然は同じことに二つの表現を必要としたのか。盲腸が退化したように、精神もなくなっていてもおかしくないのではないか。ベルクソンは、記憶が脳髄の場所がわかっている箇所(言語中枢)に注目し失語症研究をすすめた結果、精神と脳髄の運動は並行していないことを明らかにした。失語は、記憶を思い出そうとするメカニズムが傷つけられることで起こるのであって、記憶自体が傷つけられているのではない。オーケストラでいえば、精神は音、脳髄は指揮棒。指揮棒の動きはとらえることができても、音はとらえることができない。ただし脳髄と精神の関係はわかっていない。
 脳髄は人間の精神を現実の世界に向けさせる装置であるといえる。意識の器官ではない。人はつねに全歴史(=無意識)を持っているが、脳髄は必要な時に、必要な記憶だけを思い出せるような働きをする。脳髄の作動が鈍るとき、記憶がでてくる(走馬灯)。同様に、脳髄が解体しても魂は独立している可能性が高い。お互いは独立している。
 科学は理性をもっているのではなく、方法を持っているだけである。人間には持って生まれた智慧、理性があるが、科学はそれを計算できるということのみに狭めた。計算できるということは、学問の特定の方法にすぎない。行動、便利さにおいては科学のおかげで発達したが、科学は精神を非常に狭い道に導いたため、人間は生き方の面で進歩していない。理性は科学を批判しなければならない。心理学は発達したが、人間の人格は発達していない。「そういうふうなことになっちゃったなぁ」


 民俗学は学問だが、科学ではない。計算可能なものだけを対象とする化学ほど狭くない。柳田は、14歳のころ祠で蝋石をみつけ、「あやしい」気持ちになり、ヒヨが鳴かなかったら発狂していた、という経験を語っている。おばあさんの魂と生活の苦労は同じ程度のリアリティ。そのような感受性をもたないと民俗学はつまらない。


 信ずるということは、自分流に信じるということ。私が信ずることと、あなたが信ずることは違って当然。一方、知るということは「万人のごとく」知るということ。学問的に知るということ。自分流に「知る」なんて知り方はしてはいけない。人は責任を取らないことばかり口にするが、信ずるということは責任をとるということ。間違えることも当然あるが、責任をとるということ。信じるという力を失うと、人は責任を取らなくなり、集団がほしくなる。そこからイデオロギーというものが幅を利かせる。今日の「物知り人」「インテリ」は、信ずる心を失っており、徒党を組んでいる。自分を持たない。反省がない。
 科学が提供する客観的事実は観念・知識でしかない。物事に対して直接に経験するもの、魂、心が「ほんと」の実在。それが「信ずる」ということである。それは危険であるがゆえに、それに対して責任は取らなければいけない。
 万人のごとく考えるという学問的な<考える>ではなく、本居宣長が文献学を通して得た「考える」は「(か)んかえる」=「身をもって相手と交わる」ということ。対象を観察するということではなく、相手と付き合うということ。相手の身になってみる。想像する。そう考えると「信ずる」ということと「考える」ということが近くなってくる。人間は学問的に<考える>時、感情を捨てる、人間を捨てる。パスカルの真意は、人間の分際をそのまま持って「考える」べきということではないか。


 昔の人が信じたとおりに、信じられなかったら歴史は読まない方がよい。歴史は過去に生きることができることで歴史。


 民族の統一感があれば、どんな神を信じても良いと感じられる。神は個人的な経験を通じて経験される。個人的な願いを聞いてくれないような神はいらない。


 言葉ほど人間を助けているものはないが、言葉ほど人間を迷わすものはない。使いやすい道具、頼りになるものは、裏を持つ。


 「正しく聞く(質問する)」ことが大事。それは自分で考えること。答えを求めるものではない。人生に質問する。人間の分際でそれに「答える」ことはできない。