入山章栄著『世界の経営学者はいま何を考えているのか』を読む

入山章栄,2012,『世界の経営学者はいま何を考えているのか』英治出版




――メモ――


日本の経済学部・修士を出て民間就職したのち、アメリカの経営学博士課程にすすんで、研究者となった著者による、「世界」の経営学を紹介する書。

内容についてはメモすらまだ。


 第一部で日本の経営学と「世界」の経営学の違いについて述べられているのだが、著者の書き振りがおもしろい。日本の経営学はフィールドワークが主流なのに対し、特にアメリカでは統計的な分析が多い、と。そして、経営学が統計的に実証可能な一般法則を打ち立てることを目的にする以上、アメリカ的な経営学が主流であり続けるだろう、ということである。

 私は経営学については全くの門外漢なので、よくわからないが、これを社会学や哲学の分野に置き換えて考えてみるとおもしろいと思った。例えば学部、修士で関係のない分野を勉強し、博士課程からアメリカの大学で社会学・哲学をまなんだ場合、そこで身に付けた研究スタイル・視点から日本の研究状況を見ると、なんとも奇妙に見えることは容易に想像がつく。


 著者曰く、経営学では欧米それほどアプローチ方法に違いがないらしいが、哲学や社会学では今も英米系と大陸系に違いがあるといえると思う。アメリカで哲学学んだ人がドゥルーズデリダを読むとは思えない(笑)。まぁそれはいいとして、要するに特定の知的伝統を持つ場で「科学」や「哲学」なるものの一般的なイメージを獲得してしまうと、他の地域で行われているものが「科学」や「哲学」とは離れたものに感じられてしまう。
 社会学の場合アメリカにもシカゴ学派の伝統があるので、フィールドワークが全くないわけではないが、量的調査や型がきっちりした仮説検証型の研究が多い。イギリスにはもっと多い。対して日本では、長らく質的調査と量的調査の間の終わりなき戦いが続いていて、量的調査が絶対的な優位にいるというわけでもない。アメリカに在籍する(あるいは留学している)日本人研究者が、日本の社会学の現状を嘆く時は、その質的側面が目立って見えるのだろう。(逆にヨーロッパにいる日本人研究者が嘆くことも非常によくある)
 日本型の研究が良いかどうかは別として、とにかく本書で著者が「驚いている」のはこのことなんだろうなと思った。おそらく経営学者側たちはそれに対して反論できるような理論武装はしてあると思うが。

 そういう意味で、(内容は別にして)よくあるストーリーの流れではあるんだけれども、経営学なので、学問内部の立場云々とは別に、外からの空気が欲しいという需要があれば一気に輸入されて日本の経営学も影響うけるんじゃないかなーとはちょっと思った。そこが経営学の大変そうなところ。


*気になったのは、科学的研究に慣れ親しんでいない人の持つイメージと科学的研究の差と、日本の経営学とアメリカの経営学の差、の両方が多少ごっちゃになって論じられている点。
 例えば、「アメリカの経営学」の比較対象が、「日本の経営学」の時と「日本のビジネス書を読む人がイメージする経営学」の時がある。ドラッガーを使って研究しないのは日本の経営学でも同じだろうと思う。あと「博士課程の学生を対象とした、経営学の理論を体系的に網羅した教科書はない」(41p)というのも、経済学を除けば多くの社会科学でそんな教科書はないのでは、思う。


世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

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