社会科学の基礎の基礎

高根正昭,1979,『創造の方法学』講談社.
・川崎剛,2010,『社会科学系のための「優秀論文」​作成術――プロの学術論文から卒論​まで』勁草書房.
・斉藤孝・西岡達裕,2005,『学術論文の技法 改訂版』日本エディタースクール出版部.


 科学というのは、普遍的で不変的な真理を導く魔法のようなものではない。人の認識は、土地、時代、文化によって大きく変わるが、科学もそのような認識の仕方の一つに他ならない。ただし、西洋に端を発する科学はより多くの人が納得できる認識を目指し、文化や個人的な認識を異にする人々も納得できるような工夫を発展させた。その結果、科学的な認識方法は世界の多くの人に共有できる認識方法として定着した。科学はいわば共通言語として成り立っているのだ。
 科学の効用は莫大なものであっていうまでもないが、科学の上記のような性格を無視して私達が日常している認識や科学的でない認識を「正しくない」とするのは極端である。「血液の型で人の性格が決まる」という認識は決して「正しくない」わけではない。科学という認識観点から検証すると相関関係はみられない、という程度の意味である。その認識を「科学的ではない」という指摘は正しいが、その指摘に紛糾や断罪という意味合いを持たせるのは誤りである。科学的な認識をしなければならない、という命題は科学からは決してでてこないからである。認識方法が非科学的(=科学的な観点ではない認識方法)だという理由だけで憤慨している人をみるのは滑稽である。


 さて、ここでは科学の相対主義的な見方を強調したいのではない。むしろ逆である。科学は、それが世界共通の認識たりうるために、非常に厳密な手順を踏む。そのことを踏まえないと科学とは言えない。従っておよそ学問的営みならばそれは「科学」でなければならないし、学問でなくても多くの人を説得し、納得させる時に有効なのは科学的な手順を踏むことなのである。これが何を意味するのか。もちろん自分で文章(学術論文から説得的文章まで)を書く時に有効であることは間違いないのだが、むしろ私はいわゆる「情報リテラシー」とか「クリティカルシンキング」のような、読む側のリテラシーとして科学的な方法、手順は役に立つと思う。
 いわゆるリテラシー本には様々な事が書かれているが、読者をなめくさった論外なものが多く、またまともなものでも体系だっていないものが多いという印象が強い。それに比して学問的な文章を書く人のために書かれたマニュアル本は、たしかに読む価値の無いものも一定数あるがリテラシー本よりは数が少ない、また良質なものは非常に体系だっている。
 そもそも書くリテラシーと読むリテラシーがそれほど異なるとは思えない。書くリテラシーとしての科学的な手順や方法、説得のレトリックがわかれば、読む側もそれを踏まえて不備を見つけることができるのである。このように基本的なリテラシーは書くのも読むのも同じなので、書く側のマニュアル本を用いて、「科学的な手順」の基礎の基礎を学ぶのがこのエントリーの趣旨である。

 *ただし、ここで科学的、というのは理科系のものを含まず、社会科学に特化する。
 *また、それぞれの学問に特有の手順や方法論があるが、ここではそれ以前の基礎の基礎を扱う。 
 *英米系の科学に対する考え方が明確でこの場合有効なので、主に英米系の科学観の紹介となる。



■1.因果関係  ――高根正昭,1979,『創造の方法学』講談社.
 まず『創造の方法学』という新書の内容から。この本の著者はアメリカで長く研究者として大学に勤務した社会学者で、英米系の科学観を下敷きにしている。筆者はオリジナルの主張を行う(仮説を立てる)ためには方法論が重要であると考えている。そのような観点から、因果関係を基礎に理論構築、数量的調査、質的調査の方法論を述べていく。これらはバラバラのものではなく根底にある方法論は全くおなじである。


 原因(独立変数) ――→ 結果(従属変数)


 結果(従属変数)の正確な認識、原因(独立変数)の特定、論理関係の明確化。これが仮説創出の基本となるものである。
 まずは「結果」の状態を正確に把握することが大切だが、その方法が質的・量的を問わず社会調査で「記述」と呼ばれるものである。質問紙調査や実地調査を行って「結果」(従属変数)がどのような状態かを正確に把握するのである。あるいは歴史的な出来事であるなら、その出来事についての資料を集め、事実に関する分析することである。「原因」もその出来事・社会状況・行為について正確に認識しなければならないので同様である。
 正確な記述にするための方法論の第一歩として概念の定義づけ、あるいは作業定義を定めることである。概念を明確にし、観察可能な形にしてから、それに基づいて観察を行う。例えば「社会が秩序立っている状態」は、具体的に観察可能にするために「犯罪率がXX以下」というような指標を定める。このようにして、観察を行い、現状を認識するのである。


 さて、このように正確に把握された結果と原因であるが、この両者の論理的な関係、因果関係が成り立っていることを示すためには 1.独立変数が従属変数の変化に時間的に先行すること2.両変数間に共変関係があること 3.他の重要な変数が変化しないことを示さなければならない。この三つの条件を満たして初めて二変数の間に因果関係がある、といえるのである。しかし、実験的な研究はまだしも、複雑な要因の絡みあった社会ではこのように厳密な因果関係を示すことは相当困難である。従って、それになるべく近づける手法が用いられることになる。

 数量的調査では、統制変数をいれることによって、他の重要な変数が変化しないことを確認するが、それが多変量解析である。従属変数と独立変数の間の共変関係が、他の変数(統制変数)を入れても維持されるのか、維持されないのか、あるいは強化・緩和するのかを調べる。これを応用したパス解析では、多数の独立変数軍が、最終的な従属変数に影響を与える因果関係の道筋を明らかにすることができる。
 この方法は数量的調査の専有物ではない。例えば組織的比較例証法は質的調査にも統制変数をいれたものと考えることができる。定めた独立変数以外の変数が異なる地域・集団と比べても、同様の従属変数(状態)が見られたら、独立変数と従属変数の因果関係の説得力は高まる。また、逆に他の重要と思われる変数が同様の地域・集団と比べ、それでも定めた従属変数が見られなかったらこの場合も独立変数の重要性が確認できるわけである。
 一方、一地域や事例を集中して分析する参与観察法はこのような因果関係の検証には向いていない。この方法はサーヴェイ・リサーチなどの厳密な方法が適用できない流動的な、あるいは反社会的な集団を観察する方法であり、未知の現象の概要をともかく直接に観察するという予備的研究の位置づけがなされているのである。


 本エントリーの趣旨にあうように整理しなおしてみよう。なにかしらの主張(仮説)を見た場合は、その仮説で想定されている因果関係を把握し、その原因および結果それ自体の状態の分析が適切かどうかに注意を向ける。その後因果関係自体が適切かを検証するのである。
 例えば、「少年犯罪が増えたのは、道徳教育が衰退したからだ」という主張を目にしたら、まずは結果「少年犯罪が増えた」という現状認識が正しいのか、より細かくいえばその現状を認識するための作業定義は適切か、その作業定義に基づく分析は適切か、点に注意しなければならない。次に、「道徳教育が衰退した」という原因についても、これが原因がどうかを問う前にこの認識が正しいのかに注意しなければならない。この場合もどのような指標を用いてそう判断しているのか、その分析方法は適切かと問う。もし以上の二つの認識が正しかったとするなら次に因果関係を問わなければならない。因果関係の条件は3つあった。「1.独立変数が従属変数の変化に時間的に先行すること」。時間的には「道徳教育の衰退」が先行すると思われるので問題ない。「2.両変数間に共変関係があること」これに関しては、先ほど確認した作業定義(指標)を用いた分析が適切かどうかを確認する。例えば「道徳教育の衰退」が起こる前にも「少年犯罪が増えた」時期が見つかったり、あるいは逆に「道徳教育の衰退」は継続的に進んでいるにも関わらず少年犯罪に増減があれば、共変関係は怪しくなる。最後に「3.他の重要な変数が変化しないこと」であるが、例えば「経済の状態」という変数を見てみると、経済が悪化した時に少年犯罪もふえ、教育費が削減されて道徳教育が衰退したのかもしれない。そのような隠れた変数がないかを疑う目は必要である。統制がなされていなかったらなおさらである。


 以上が高根正昭の著書から得た「情報リテラシー」である。

まとめ
・主張(仮説)で想定されている原因および結果の状況認識が適切か疑う
 −作業定義は適切か、それを用いた分析は適切か
・因果関係が適切かを疑い
 −独立変数が時間的に先行しているか
 −共変関係は見られるか
 −他の重要な変数は変化していないか、そのことが検証されているか

 

■2.川崎剛,2010,『社会科学系のための「優秀論文」​作成術――プロの学術論文から卒論​まで』勁草書房.


 上記とおなじ問題意識で別の書を紹介したい。こちらは、高根正昭のものより実践的に論文を書くためのものである。しかし、やはり論文を読む側にとっても有益な観点・情報が多く含まれている。


創造の方法学 (講談社現代新書)

創造の方法学 (講談社現代新書)

社会科学系のための「優秀論文」作成術―プロの学術論文から卒論まで

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学術論文の技法

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